バッシング ●バッシングは地味なプロの仕事か バッシング……そう書くと、ふつうの人は「日本バッシング」とか、マイナスのイメージを思い浮かべるだろう。カストーディアルにも「バッシング」と呼ばれる仕事がある。ここでいうバッシングとは、ファーストフード系のお店で食器などを片付けたり、掃除を行なうことを指している。 現在の東京ディズニーリゾートにあるファーストフード系ショップのほとんどでバッシングは姿を消し、フードサービスキャストが食器の片付けなどを行なっているようだ。 私は「スイーパー」を名乗っているように、バッシングはあまりやったことがないし、不得意な仕事であった。なので、どこまで書けるかはわからないが、死滅しようとしている存在を伝えないといけない、と思い、語ってみることにする。 開園から最近まで、東京ディズニーランドのカストーディアルといえば、スイーパー、バッシングの二大勢力と女子レストと呼ばれる女性用レストルーム専属カストーディアルの三つのグループに分かれていた。以前のコスチュームでは、バッシングは、ふつうのカストーディアルとは違うということで、黒い蝶帯をつけていた。スイーパーとは違い、基本スタイルはトイブルームとダストパンではなく、「ぞうきん」を常に持っていた。 スイーパーのような派手な技はないが、ベテランの域に達しているキャストになると、その手際は無駄なくスピーディーである。 ゲストが食べ終わって席を立った瞬間、バッシングキャストが登場。トレーをさっと片手で持ち上げ、ぞうきんでテーブルを拭き、トレーを持ち去る。速い人でこの間、１０秒ちょっとだろうか。それからカートまでトレーを持っていき、ごみを入れ、トレーなどほ重ねて終了。床に落ちたごみなどあれば、トイブルームとダストパンをカートから取り出して現場に赴き、素早く掃きとる。基本作業はこんなところだろう。 ベテランになるほど、その動きに無駄がない。スイーパーは、平日で１ヶ月、土日型でも３ヶ月ほど働けば、それなりのかっこうはできるが、バッシングは熟練しないと、そのきびきびとした行動はできないものである。 通常、飲食店のフロアの店員というと、端の方に立っていて、何かあると動くみたいなところはあるが、バッシングキャストもスイーパーのように同じところに立ったままということはなく、常に動いている。それはゲストで店がいっぱいであるときも、ゲストがあまりいない空いているときも動きは変わらない。 常に動き回り、ごみがあれば処理する。スイーパーほどの派手さもないし、ゲストから声をかけられる数もスイーパーほどではないが、仕事のきっちりさは、スイーパー以上であろう。 手を抜けば、テーブルにごみが、トレーが放置されたままになる。床にごみが落ちたままになる。それは外よりもずっと目立つのだ。混んでいる日、エリアが汚れている姿を見たことがあるゲストは多いかもしれないが、バッシングがいるファーストフード系のお店が汚れていた、という光景を見たことがある人はほとんどいないのではないだろうか。 バッシングで一番大変な部署はハングリーベアレストランである。ここでバッシングの仕事をした者は皆、カレーの匂いがなかなかとれないという。コスチュームもいつの間にかカレーまみれになっていることもある。 トゥモローランドテラスも世界最大のファーストフードレストランといわれるだけあって、常に混み合い、席数もとてつもなく多い。 この二つのお店は、東京ディズニーランドの中でも、もっともバッシングのプロが多かったお店であろう。 ところが、そのバッシングが数年前に急速に消滅し、フードサービスキャストのその仕事は取って代わられた。この件について、オリエンタルランドからは公式見解が出ていないので、あくまでも推測というか噂というレベルでの話でしかないのだが、理由は「時給」であるといわれる。 当時、カストーディアルの時給は最低１０００円。フードサービスキャストは最低９００円。テーブルサービスの「バッシング」というか給仕は、これまでもフードサービスキャストがやってきたのであるが、この時給の差。是正するべきと、会社の方が判断したようである。 多くのゲストが知らぬ間に訪れたバッシング最終日。対象となったお店ではいつものようにバッシングは仕事をこなし、オンステージでの最後の仕事を静かに終えたという。アトラクションの最終回のような華やかさも悲しさもなかった。しかし、バックステージに戻ったバッシング担当のキャスト……とくに開園以来働いていたようなベテランキャストほど、最後を涙で飾ったと伝え聞いている。 バッシングをしていたカストーディアルの多くはスイーパーに転身したか、数少ない、バッシングが存在しているお店に異動したという。 現在もカストーディアルがバッシングを担当しているのは、リフレッシュメントコーナーやペコスビル・カフェなどの比較的小型のテラス系飲食店のみとなってしまった。それもバッシング専属ということはなく、スイーパーもレストもダンプもやるようである。 それまでカストーディアルがバッシングを担当していた店はフードサービスキャストがバッシングを行なっている。しかし、そこにはもう、バッシングのプロの技を見ることができない。緩慢な動作、たんなるホーキとして使われているトイブルーム、本当はレストランでウェイトレスをしたかったのに、なんでここで掃除なんかしているんだろう、というような曇った表情。これは元カストとしてのの偏見なのかもしれないが、どうしてもそう見えてしまう。 そんな私もバッシングは苦手だった。トレーニングで入ったのはトゥモローランドテラスだった。３０分ほどの時間で、平日の午前中ということもあって、閑散とした店内であったが、そこで働いていたバッシングは我々トレーニング中のキャストなど見抜きもせず、素早い動作で次々と仕事を片づけていたのを、ぼんやりと見ていたことをおぼえている。おそらく、バッシングとして配属されたなら、私はさっさとカストを辞めていただろう。 入場者数の関係でスイーパーに余剰がでることがあり、その余波を受けて、私は２，３回バッシングを担当したことがあった。でも、結局役にたたず、スイーパーに戻されて、ユーティリティー作業をさせられたことも、今では良い思い出となっている。 結局、私にはバッシングについて語れるのはこの程度だが、完全に死滅したわけではなく、ランドやシーのごく一部のお店で働いている姿を見ることができる。カスト関係者以外には、スイーパーとバッシングの区別はつきにくいかもしれないが、今度遊びに行ったときにでも、注意して見てみてほしい。 中にはきっと、昔のようなベテランのきびきびとした動き、素早い動作でトレイを片づける姿を見ることができるかもしれないから。